・・・ 2005年 7月〜2005年12月 ・・・


 
六十の手習い   
故郷(信州)の紅葉  
袋田の滝へドライブを楽しむ
講演会の講師をやってきました 
コスモスロード」 

暑い夏  
網に絡まったムクドリの話

過去の車椅子の視線から(エッセイ)はこちらから



○ 六十の手習い

和さんが太極拳に続いて11月から今度はピアノを習い始めた。
自分では「六十の手習い」と謙遜しているが、どうしてどうして僅か四回のレッスンで
「キラキラ星」、「歓びの歌」、「ジングルベル」、「家路」を、どうにかこうにか弾けるようになった。
ピアノを教えてくれる先生は自分の娘ぐらいの年齢で、シニアの人に教えるのは初めてらしい。
「小学生ぐらいの生徒が私を見てびっくりした顔をしているのよ!」と、
和さんが嬉しそうに教えてくれた。
ピアノは両手を使うだけでなく、脳を刺激するので、
将来、老化に伴って起こる認知症などの予防にも役立つだろう。
クリスマスも近い。
「演奏会ができるかな?」と聞くと和さんはニコッと笑った。

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○ 故郷(信州)の紅葉

11月下旬の長野は寒いだろう?と、予想していた通り実に寒かった。
考えてみると、初冬ともいえるこの時期に、故郷に帰ったのは実に二十数年ぶりである。
信州のそれも北信の出身だというのに、脳出血の後遺症で車椅子の生活になってから、寒さにからきし意気地がなくなっているのは我ながら悔しい。
それなのに、今年少し無理をして寒い時期にリンゴ狩りに行く気になったのは、リンゴ狩りもさることながら、あの、山全体が燃えるような紅葉が見たかったからである。
十代の後半に上京してからも、故郷の紅葉の素晴らしさは忘れたことがない。目をつむると、あの全山燃えるような紅葉の山々がたちどころに浮かんできた。

今年信州では、リンゴの紅くなるのが例年よりも遅れたという。そのため、リンゴ狩りが十一月の下旬にずれ込んだ。
最近は暖かい季節にしか故郷に帰っていないので、寒い季節の帰郷に少しためらいもあった。それなのに、思い切って出かけたのは、むかし金さんが住んでいた所に甥の敬くんがバリアフリーのログハウスを建ててくれたからである。

二晩ログハウスに泊まり、ベッドで子供の頃の事を思い出していた。
そういえば中学の頃、親父と一緒に畑に行った帰り「○○○○はお前にあげる」と親父が言ったことを思い出した。畑を一枚もらっても困るのでその時は黙っていた。その畑も今では他人名義になっているという。

故郷に帰ると方言を聞くのが懐かしい。
今度も「きんなは寒かっただが今日はあったかで良かっただわね」という地元の人との会話があった。
それを聞いて、子供の頃、昨日のことを「きんな」、一昨日のことは「おってな」、一昨昨日は「さきおってな」という言葉を使っていたこと思い出して嬉しくなった。



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○ 袋田の滝へドライブを楽しむ 11月17日

11月も半ばを過ぎると朝夕は気温が低い。
しかし、今日は良く晴れて絶好の行楽日和である。
朝食を食べながら「袋田の滝へ行ってみようか?」と、和さんを誘う。
和さんも誘いを待っていたように「うん、行こう行こう!」とあっさり決まった。

金さんは三十年ぐらい前に東京都の友人と観光バスで
袋田の滝へ行ったことがある。
その時は袋田の滝の近くの温泉に泊まったのだが、
温泉の名前が思い出せない。
和さんは袋田の滝にまだ行ったことがないという。
袋田の滝は、那智の滝、華厳の滝と並んで日本三名瀑のひとつに数えられている。
平成2年には、日本の滝100選に選定され人気投票で第一位に選ばれたそうである。

金さん&和さんの日帰りドライブは、
家を10時に出発、加須I.Cから東北自動車道に入り北上、
栃木県の上河内サービスエリア(SA)でトイレ休憩をとる。
そこから少し先の矢板I.Cで一般道に下りる。
国道4号、293号、461号を東へ走り、那珂川町(なかがわまち)の「道の駅」ばとう(馬頭)で昼食休憩。人気の「鴨つけそば」を食べると、寒いので暖かい「鴨つけそば」が美味しい。
更に東に走り茨城県に入る。国道118号線沿いにある久慈川のほとりにある「道の駅」奥久慈だいごに寄り再度トイレ休憩をとる。大子町は袋田の滝がある町なので、トイレ休憩の人やこんにゃく、りんご、しゃも肉、ゆばなどの特産品を求める人で混雑していた。
ただ場所が悪いのだろうか?あまり広い駐車場がとれないらしく大型車9台、小型車50台(身障者用1台)は利用者が多いだけに狭いと思った。「道の駅」が、健常者は勿論のこと、金さんのような車椅子の生活をしている障害者や高齢者が、一般道路でも安心して利用できる場所になりつつあるのは嬉しいことである。
午後2時頃袋田の滝に到着。
寒いのと歩いている人が多いので、一度見ている金さんは駐車場の車の中で待つことにする。
30分もしないで和さんが戻ってきた。手に息子の土産(鮎の塩焼き)を下げている。
和さんが「人が多いので驚いた!」と言って車に乗る。
平日でこんなに混んでいるのだから、週末はもっとすごいのだろう。

帰路は同じ道を東北自動車道の矢板I.Cに戻った。
途中の那珂川町にある「那珂川町馬頭広重美術館」には残念ながら寄れなかった。
今度暖かい時期に行って見たいと思う。

上河内サービスエリアのレストランで、宇都宮名物の餃子を食べてから家に帰った。
5時を過ぎて辺り一面暗くなっていた。

行楽には起きてから天気見て行動を決められる自由人がいい。
お金には換えられない自由人であることを、金さんは和さんとともに堪能できた楽しいドライブだった。

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○ 講演会の講師をやってきました 2005年11月 3日


昨日(11月2日)東京都武蔵野市の「武蔵野スイングホール」で開かれた「脳卒中のリハビリテーション〜いきいきとした生活を送るために〜」の講演会に行ってきました。
はじめに、リハビリテーション専門医の米本恭三先生の「脳卒中のリハビリテーション」の講演があり、続いて金さんが脳卒中の経験者として「障害とともに暮らして」を話してきました。
米本先生は、パワーポイントを使って最近のリハビリテーション医療についてのお話しをされたので、講演会を聞きに来ていた脳卒中の本人、家族、訪問介護ステーションや地域の支援グループで働く人たちに勉強になったと思います。勿論、金さんと妻にも大変勉強になりました。
金さんも、素人ですが、パワーポイントを使って「いきいきとした生活を送るためにこんな事をしている」具体的な話しをさせてもらいました。
言語障害があるので、聞きにくい点もあっただろと思いますが、話しが終わった後で本人とご家族が側に来て「参考になりました。これからうちでもやってみようと思います。」と言ってくれました。
来てくれた人が一人でも前向きな気持ちになってくれたことがわかり、金さんも嬉しかったです。

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○ 「コスモスロード」  2005年10月 1日

朝から快晴だったので隣町の鷲宮町にある
「コスモスロード」に出かけた。
昨日も、今日も、NHKのニュースの時間にコスモスロードを紹介していたので、もっと見学の人が大勢いるかと思ったがそれほどでもなかった。
「コスモスロード」と呼ばれるのは埼玉県加須市川口の川口樋前橋から久喜市境の玉屋橋までの約6kmで、その間に鷲宮町が位置している。
和さんに車椅子を押してもらって散策したが、葛西用水路の両岸に、ピンクや白のコスモスが一面に咲いていて見事だった。
毎年、鷲宮町内の地区や団体など大勢の町民ボランティアの協力によって種が播かれているというが、なるほど鷲宮町の町の花が「コスモス」というだけあって、コスモスが鷲宮町民だけでなく見学に来る大勢の人に散歩しながら花も楽しめる憩いと癒やしの場所を提供してくれるのはさすがである。

※ 鷲宮町のホームページ:http://www.town.washimiya.saitama.jp/index.htm

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○ 暑い夏
  2005年8月14日

立秋が過ぎても暑い日が続いている。
甲子園で熱戦を繰り広げている高校野球もいよいよ三回戦、
応援にも熱が入っている。

今年の夏が例年に較べて暑く感じられるのは、
思いがけない衆議院の解散があり、まだ公示前だというのに、
「郵政民営化法案に賛成、反対」をめぐって、
自民党の内紛が全国規模で派手に起こなわれているのも一因かも知れない。

お昼に、『新聞に「高血圧の人は水分が不足すると血液が濃くなり、血管が詰まって
脳梗塞を引き起こす恐れがある。」と載っているよ。』と言って、
和さんが家の菜園から採ってきたニラでスープを作ってくれた。
これが美味しい。
昼食のあと三時過ぎまでぐっすり昼寝をした。
起きてから、眠気覚ましに渋いお茶をいただく。


来週後半金さん&和さんで信州に墓参りに行くことにしているが、
これが格好の避暑になるかも知れない。

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○ 網に絡まったムクドリの話   2005年7月15日

和さんの菜園にトマトが十本ほど植えてある。
そこにカラスが荒らしに来るので、和さんがオレンジ色の網をかけた。
昨日の夕方、その網に絡まってムクドリが羽をばたばたさせていたという。
みな、うまく逃げ延びたというのに一羽だけ逃げ遅れたらしい。
その網はばたばたすればするほど絡まって逃げられない。
よく見るとどうやらムクドリの子供らしい。
可哀想に思った和さんが、絡まった網をハサミで切りながら
「もう、ここへは来るんじゃないよ!」
と言い聞かせて放してやると喜んで飛び立ったという。
それからしばらくして、和さんが犬の散歩に行くと、電線に並んだムクドリが
お礼を言っているように見えたという。
「鳥も人間も子供には必死なんだね」
お茶を飲みながら、和さんが話してくれた。



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