エッセイ(車椅子の視線から)

 ・・・ 2013年 1月~2013年12月 ・・・




初体験-鼻から入れる胃カメラ
脳梗塞で10日間入院-その2  
脳梗塞で10日間入院-その1  







3 初体験-鼻から入れる胃カメラ 2013年8月27日(火曜日)

① 初体験の鼻から入れる胃カメラ

 何でも体験しようと、今年から金さんのかかりつけ医になった松川内科クリニックで経鼻内視鏡検査を受けてきました。経鼻内視鏡検査とは、口からでなく鼻から胃カメラを入れて食道、胃、十二指腸などの検査をする方法です。
 金さんは、脳出血の後遺症で車椅子の生活になってからすでに2回口から胃カメラを入れて食道、胃、十二指腸などの検査をしたことがあります。この方法でも、よく言われるようにゲェゲェすることもなく比較的楽に検査を受けられました。実は2012年の12月にも済生会栗橋病院に胃カメラの検査を予約していました。ところが、その直前の11月に脳梗塞で緊急入院したのです。そのため胃カメラの検査はキャンセルになりました。
 今回なぜ鼻から胃カメラの検査を受けたかというと理由は簡単です。済生会栗橋病院から替わった、かかりつけ医の松川内科クリニックで、経鼻内視鏡検査をやっていることを知り、鼻から入れる胃カメラ(経鼻内視鏡検査)はまだやったことがない検査なので、鼻と口どっちが楽か、自分で体験して見ようと思いました。

② 不安な前夜

 検査前日の夜は7時頃妻が作ってくれたおかゆを軽くいただき、毎日飲んでいる薬を一錠飲んでいつものように9時前にベッドに移りました。これも習慣になっているiPod(アイポット)で音楽(演歌、ジャズなど雑多)を聴きながらから就寝です。鼻から入れる胃カメラも痛くはないと聞いていましたが少し不安です。でも、いつものようにいつの間にか眠ってしまいました。

③ 検査当日

 夕べの雨が上がりよい天気です。少し余裕を見て出発し9時頃クリニックに到着しました。和さんが受け付けで手続きをし、9:20分頃診察室に入りました。

④ 診察

 体調を聞いたり血圧をはかったり、医師の診察がありました。

⑤ 検査前の「前処置」

 このクリニックでは、今日鼻から入れる胃カメラの検査をするのは金さんの他にいないようです。
 ・ 胃の中の泡を無くす薬を服用します。 
 ・ 隣の経鼻内視鏡検査をする室に移り、看護師と妻の手を借りて車椅子からベッドに移ります。
   ベッドでは、左側を向いて検査をするようです。看護師が背中に何かあてがってくれました。
 ・ 次に、看護師が鼻の奥を広げる薬と麻酔用の薬を噴霧してくれました。
  看護師に「口の方に流れてきたら飲んで構いませんよ」と言われ緊張がとれ楽になりました。

⑥ 鼻から入れる胃カメラの検査

  鼻から入れる胃カメラの検査は慣れた医師(金さんの主治医)がやってくれました。
  「痛くないようにやるから大丈夫 もし痛かったら遠慮なく言って」とも言われました。
  看護師が前処置を行った側の鼻へ、医師がゆっくりと内視鏡を挿入します。
  この時、少し違和感はありましたがほとんど痛みを感じませんでした。

   以前にやった、口から内視鏡を入れる場合は、口がふさがっているので検査中は話ができません。
  しかし、鼻から入れる場合は、口が動かせるので会話が自由です。
  検査をしている医師と
、 「痛くないですか?」  「はい、大丈夫です」
  というような会話ができるところが良いですね。 

⑦ 検査完了

 鼻から入れる胃カメラ(経鼻内視鏡検査)は、すべてで20分ぐらいでした。
 少し不安がありましたが、終わってみるとわりあいに楽でした。
 金さんの感想ですが、「口からの検査よりも楽だった」です。
 次の機会も「鼻から入れる胃カメラ」を選択しようと思いました。

 検査後、主治医がコピーした写真(持ち帰り用)を渡され
 「ここに胃炎がありますが問題ありません。悪性のポリープもありません。」
「胃、十二指腸、食道ともに問題ありません。」と説明してくれました。
これでひと安心です。

 帰る自動車の中で、妻の和さんが、
「ああ、いつまで続く介護の道か!」
と、本音とも冗談ともなく言ったので、金さん&和さんで大笑いしました。

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脳梗塞で10日間入院-その2 

○入院生活

 済生会栗橋病院の301号室に入院した。脳神経外科である。
 10年ほど前に帯状疱疹で皮膚科に入院したことがあるので、この病院には二回目の入院である。
 部屋は4人部屋でナースステーションから近い。(後でわかったが、3階病棟は、脳外科、神経内科、小児科の混合病棟だった。)
 今回は体調が悪いので、11月27日(火)に脳神経外科を受診してCT検査をし、翌日の28日は、MRIの検査と診察(T女性医師)で脳梗塞(ラクナ梗塞)とわかり即入院が決まった。そのため、入院に必要なものをこれから妻がそろえなければならない。一階の医事課の入院受付で「入院のしおり」をもらい説明をきいている妻が、次の必要なものをそろえる。
(①家から持ってくるもの②病院の売店で購入するもの③病院の外の店で購入するもの)
 妻が家に必要なものを取りに帰っている間に、午後6時の夕食の時間になった。
 「金子さん食事に行きましょう!」と、看護師が車椅子に乗せて食事をするナースステーションに近い談話室に連れて行ってくれた。
 談話室にはテーブルが幾つか置いてあり、テレビと飲料の自動販売機も置いてあった。
 ここの面会時間は正午から午後8時なので、昼食と夕食の時は談話室にも面会者が何人かいたが、患者が食事をする間はじゃまにならないようにしている。
 入院中の食事は、主治医の指示で患者の症状にあったものが出される。
 これもまた後でわかったが、ここでは、朝食時に翌日の朝食と夕食のメニューが選べる
(特に理由のない限りという前提がついているため自分は例外で残念ながら選べなかった。)
 自分の食事のおかずとお茶は、すべてとろみが付いていた。これは主治医が嚥下障害のある自分を見ているための指示らしい。しかし、とろみが濃すぎて逆に飲み込みにくいときもあった。出された食事は、できるだけ完食するようにつとめた。
 食後は看護師が渡してくれる薬を飲み、妻が用意した電動歯ブラシで歯を磨いた。
 談話室で食事をする全員の食事が済むと、看護師が自分を病室に送ってくれた。

○ 看護師

 この病院の看護師の勤務体制は2交代制である。(8時30分、16時30分)なお、3階の病棟には男性の看護師も何人か勤務していた。

○ 面会

 面会時間は、正午から午後8時までである。
 自分の10日間の入院中には、妻は毎日様子を見に来たが、3人の子供たちは1回ずつ見舞いに来ただけである。

○ テレビ・ラジオなど

 テレビは有料のICカードを入れて使うものが各ベッド毎に備えてあった。自分はベッドから車椅子への移動も不自由だったので、テレビは見なかった。4日ぐらい経って点滴が終わると携帯ラジオを持ってきてもらった。


               ☆脳梗塞(ラクナ梗塞)☆

退院後インターネットで調べてみると、脳梗塞(ラクナ梗塞)とは、細い血管(動脈)が詰まってしまうことで起こる小さな脳梗塞のことらしい。この、脳梗塞の治療は、急性期では動脈硬化や血栓(けっせん)により詰まってしまったことで止まっている血流を回復させることが中心で、ラクナ梗塞の現在行われている治療としては、主にアスピリン投与による抗血小板療法などが行われているようだ。全体に軽症であることが多いので、血管拡張作用のある薬剤や血栓防止の薬剤投与による治療となるらしい。
 なるほど、それでアスピリン投与がされていたのかわかった。なお、脳梗塞の「急性期」とは、脳梗塞が発症してから 1~2週間までのことを言い、その間に行う治療を、急性期治療というらしい。脳梗塞では、この急性期治療がとても重要だという。




○ 治療
 ・11月28日(水)の入院初日から病室のベッドで点滴が始まる。
  (午前30分午後30分の2回に分け実施 12月1日まで)
 ・脳神経外科の医師が(3~4名で)毎朝(土日を除く)病室に来て様子を聞き声をかけてくれた。

○ リハビリテーション
 入院した翌日29日にT主治医から「リハビリテーションを早くやりましょう。」と言われる。しかし、
 実際にリハビリが始まったのは、12月3日(月)からだった。土・日が入って遅れたのだろうか?

 リハビリテーションはリハビリテーション科の担当である。自分の担当が決まると、作業療法士(OT)。理学療法士(PT)、言語聴覚士(ST)がそれぞれ病室に挨拶に来た。それで自分のリハビリの担当がわかった。
 実際のリハビリテーションは、看護師送り迎えで1階のリハビリテーション訓練室で実施した。(12月3日(月)から12月7日(金)の退院日まで実施)

・ 理学療法士(PT)のリハビリテーションは
   1階のリハビリテーション訓練室で、手・足の基本的動作能力の回復を目指して、
   手・足の訓練(平行棒を使っての歩行訓練)などを実施した。

・ 作業療法士(OT)のリハビリテーションは
   1階のリハビリテーション訓練室と病室で 家庭生活への復帰を目指して、ベッドから車椅子への移動、
   車椅子からベッドへの移動訓練などを実施した。

・ 言語聴覚士(ST)のリハビリテーションは
   1階のリハビリテーション訓練室で実施した。
   訓練の前後に言語聴覚士(ST)との間でやるコミュニケーションも訓練の重要な役割を果たすのだろう。

 
わずか10日間のリハビリテーションだったが、自分が退院後に家でやる介護保険の訪問リハビリにうまくつながれば嬉しい。
 自分の過去二回の脳出血の後遺症と、今度の脳梗塞の後遺症は重なってより重くなっている。その上加齢もあるので、今までと同じ気持ちでのリハビリテーションでは効果があがらないかも知れない。今後はお世話になっているリハビリ看護センターフロンティアのスタッフと協調して訪問リハビリを頑張ると同時に、金さん&和さんで、日常生活での自主リハビリも工夫して行こうと思う。



○ 病室で

 11月28日に入院して、4日間便通がなかったので夕食時に下剤をもらい飲んだ。すると翌朝今度は下痢になり困った。下剤を止めて解決した。また、最初のうちベッドでのしびん(溲瓶)使用もなかなか尿が出なくて困った。今度の入院でベッドでのしびんの使用がうまくなったのはプラスである。ただし、老老介護になる家では、夜だけでもは紙おむつの使用が賢明かも知れない。
 病室の移動(301→305号室)で窓側のベッドに移ってからは、夜寒いので上掛け布団をもう一枚借りた。
 3階病棟は、脳外科、神経内科、小児科の混合病棟である。日曜日の夜8時の面会時間が終わるとき、別れるのが嫌で子供の泣き叫ぶのが聞こえた。

 
入院していると病棟にいる時間が長いので看護師に一番世話になる。今回の10日間の入院でも3階病棟の看護師にはお世話になると同時に忘れられない出来事が残った。
それは12月1日の事だった。当番の看護師のOさんが蒸しタオルで身体を拭いてくれた時のことである。「金子さんオヘソにゴマがたくさん溜まっていますよ!掃除しましょうか?」とたずねる。「いやそのままでいい」と返事したが、「あれ、取れちゃった!」と言う。タオルで身体を拭いている間に取れたらしい。「妻に見せたいから」と、取れたへそのゴマを残してもらい、「これは数十年取ったことがないんだよ」と言って、O看護師と二人で大笑いした。子供のころへそのゴマを取って腹痛を起こしたことがある。それ以来、自分で掃除をしたことがない。



 済生会栗橋病院の3階の病棟に10日間入院したが看護師が一番わかりにくかった。自分の担当看護師がいるのか?いないのか?いるとすれば誰なのか?病棟の看護師の長(昔の婦長)はいるのか?いないのか?いるとすれば誰なのか?ついにわからなかった。
 また、3階病棟の看護師とリハビリテーション科の連絡、コミュニケーションがあまり良くないように思う。

 病院の敷地内全面禁煙は守られている。しかし、病院の近くの薬局の周囲が喫煙場所になっている。病院の駐車場が有料になってから前の薬局の駐車場に車を停めて病院に行く人が増えた。外来で薬をもらう人が駐車するスペースがない場合もある。100円の駐車料金をめぐって市民の行動が垣間見れるのがこの病院の駐車場である。

○ 退院

 12月7日ちょうど10日間で済生会栗橋病院を退院し車で約20分ほどの所にある自宅に帰った。今回の脳梗塞が、比較的軽いラクナ梗塞とはいえ、後遺症は少し不自由になり、車椅子の生活は変わらない。毎日のトイレの使用時には妻の介護が必要なのも相変わらずである。
 介護保険の要介護度も昨年11月に(2)と更新されたばかりだ。幸い、ホームページやブログの更新など、趣味でパソコンを使う事は出来る。関東地方にも3月1日に春一番が吹いたようだ。
 自分は相変わらず「不自由な自由人」ではあるが、まだまだ元気に生きて行こうと思う。


 参考 

※ 済生会栗橋病院
   〒349-1105 埼玉県久喜市小右衛門714−6
    0480-52-3611


※ リハビリ看護センターフロンティア

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1 脳梗塞で10日間入院-その1

○ 体調が変だ?

 2012年11月28日(水)から12月7日(金)まで済生会栗橋病院に入院した。これはその概要である。
 私は1994年の52歳の時に二回目の脳出血で倒れ、その時の後遺症でそれからは車椅子の生活になった。1985年の一回目の脳出血では右脳からの出血だったので、後遺症は左半身の片マヒで言語障害の後遺症はなかった。しかし、二回目の脳出血はまったく違った。出血場所が自律神経系の最高中枢といわれる視床下部からの出血だった。ここの出血では命を失う人も多いといわれているが、私の場合は命を取り留めたが歩けなくなり車椅子の生活になった、その上言語障害の後遺症もあるという不自由な生活が待っていた。それでも、復職を目指してリハビリを頑張り、なんとか夢を実現してから退職できた。出血場所からすれば、これくらいで済んだのはむしろ運が良かったと言えるのかも知れない。
 そして、18年後の70歳になって今度は脳梗塞を発症したのである。ただ、脳出血の後遺症の言語障害(構音障害)と四肢マヒで車椅子の生活を長い間していたので、自分も妻も体調が変だとはわかったが、それが脳梗塞の発症とは気がつかなかった。
「この冬は寒いので風邪でも引いたのだろう?」ぐらいに軽く考えていた。しかし、11月23日(金)の祭日(勤労感謝の日)、24日(土)25日(日)になると、次のような症状がひどくなった。
 ・ 湯飲みやコーヒーカップが普段より重い
 ・ 食事のとき右手で持つ茶碗が重い
 ・ 自主リハビリで歩行器での歩行ができない
 ・ 入浴時に手すりにつかまっての歩幅が狭い
 ・ ろれつが普段より少しだけ回らない
 妻が、心配して25日(日)の夕方になってから、私が介護保険でお世話になっているリハビリ看護センター(フロンティア:埼玉県久喜市を中心に隣接市町村において理学療法士・作業療法士・看護師による在宅リハビリテーションに特化した訪問看護ステーション)の所長に電話で相談した。すると、病院の脳外科の受診をすすめられる。翌日の月曜日は、あいにく寒く雨が降っていたので、妻と相談して火曜日に私のかかりつけの済生会栗橋病院の脳神経外科を受診した。

○ CT検査とMRI検査

 済生会栗橋病院へは妻が運転し、私が自動車への乗り降りも不自由だったので、仕事が休日だった息子も一緒に行ってくれた。
 脳神経外科では診察とCT検査があり、検査後に医師(非常勤の女性医師)から脳梗塞が見つかったがより鮮明な画像を得られるMRIの検査を勧められた。早速予約して翌日の水曜日にMRI検査を受ける。
 MRI検査は、検査用の衣服に着替えて車椅子からベッドに移り横になる。
 自分では移れない私の場合には、検査技師の人が応援してくれた。
 MRI装置の中はトンネル状になっていてそこにベッドごと入る。
 
閉所恐怖症の人は狭い場所に拘束されたように感じるかもしれない。
 検査する部分を動かすと画像が乱れるため検査中は動かさないように言われた。
 さらに頭を固定するためにバンドを使った。
なお、MRIの検査中は検査技師からイヤホーンを渡されて音楽を聴いていたが、音楽より大きくまるでアルミ製のヘルメットとをかぶった頭をトンカチで叩かれるような?「ゴーンゴーンゴーン」「カンカンカン」と高い連続音が聞こえ不快であった。これは磁場を発生している磁石の発する音らしい。
 MRI検査にかかった時間は30分~45分ぐらいだった。
 検査の後で脳神経外科の常勤の医師(女性)からMRI検査結果の詳しい説明を受けた。やはり脳梗塞(ラクナ梗塞)で直ぐ入院して治療が必要と言われる。入院の手続きをして脳神経外科で待っていると病棟から看護師が迎えに来た。
こうして、即日入院となった。
 


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