逆境にどう立ち向かうか?
・・・ 私の経験から ・・・


目 次

はじめに
現実を受け入れる
感謝して足場を固める 
前向きに挑戦する



はじめに

人生には山もあれば谷もありで決して平らな道ばかりではありません。多くの人が人生のどこかで逆境を経験していると思います。ですから「逆境にどう立ち向かう か?」も、いろいろな方法があるでしょう。ここに上げたの私の方法であり、あくまで一つの方法に過ぎません。
あなたの置かれた状況の打破には直接役に立たないかもしれませんが、これを読んで何か一つでも参考になれば嬉しいです。



逆境:苦労の多いふしあわせな境遇
順境:物事がつごうよく運び、不幸なことなどのない境遇

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現実を受け入れる


「逆境」にいるあなた、あなたは今の自分の置かれた状況を素直に受け入れていますか?

「こんなはずじゃなかった。何故おれが?」とか
「あのとき、ああすれば良かった。いやこうすれば良かったのだ。」

と、くよくよしてはいませんか?
もし、そうだったら、それはあなたが再起するために、とても 残念なことです。なぜなら、その間にも時間はどんどん過ぎてしまうからです。
それに、それでは、決して問題の解決にはなりませんよ!!

もう、過ぎたことは(そうなってしまったものは)仕方がないではありませんか。
割り切って「現実」を素直に受け入れましょう。そうすれば、ぐっと楽になりますよ。

そうすれば、「再起」への闘志もわいてきます。「転んでもただでは起きない」と昔の人も言っているではありませんか?


そのために、こういうふうに考えてみませんか?

「自分は他の人が望んでも体験できないような貴重な体験をしているんだ。」  と。

そして、「その境遇」を体験できることを 「選ばれた幸せ」と逆に喜びましょう。そうすれば、苦しみなんてどこかへとんで行ってしまいますよ。

私 も二回「脳出血」に襲われました。43歳の時と52歳の時です。1回目は管理職になって3年目の脂の乗った時、2回目は課長から部長級に昇任した直後で す。特に2回目の脳出血では意識不明の重体になり、脳外科医から「助かっても恐らく寝たきりになるでしょう」と妻が言われたほどです。幸い一命は取り留め ましたが、手足に「四肢不全麻痺」という重度の後遺症と言語障害が残りました。そこであきらめてしまえば、おそらく寝たきりになっていたかもしれません。

それが二年後には、車椅子を使って復職できるまでになったのです。

「希 望」のいっぱいつまった風船がパチンと破けたような二回目の脳出血でした。意識を取り戻してから絶望感もわいてきました。しかし、私はそこで冷静になり 「現実」を素直に受け入れたのです。すると気持ちがぐっと楽になりました。それからは、後遺症が苦しいことも忘れて、リハビリテーションに取り組むことが できたのです。現在は「闘病」をむしろ楽しむような楽な気持ちで過ごしています。


さあ、あなたも「現実」を受け入れ、そこから出発してみませんか? 

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2 感謝して足場を固める

あなたは、あなたが逆境にあるときに、あなたを支えてくれる人達(家族、友人、職場の上司、同僚など)を大切にしていますか?
自分が苦しいからと、逆にその人達に当たり散らすとか、不満をもって接してはいませんか?

あなたが「再起」するためには、周囲の人の応援が必ず必要になります。むしろその応援が今まで以上に増えること。それが、あなたが「再起」できる条件になってきます。

それには、あなたを応援してくれる人達を日頃から大切にしなくてはなりません。
大切にするということは「感謝する」ことです。

「この程度の境遇で済んだのは、暖かい応援のお陰だ」
「その人達の応援があったからこそ 自分はここまでこれたのだ」

と感謝しましょう。感謝の気持ちを持つことは 自然とあなたの行動にも現れてきます。それが人と接する態度に現れるので、必ずあなたの周りの人達にも通じるでしょう。

私にも、私を支えてくれる妻と子供達がいます。病気で休職している時、妻はこういってくれました。

「今まで随分頑張ってきたんだから、もうそんなに無理をしなくてもいいんじゃないの。これからは自分の好きなことをやったらいいでしょうに。」

「もっと上のポストで仕事をやってみたいと思っているんだったら、もうその夢はすてた方がいいわ。職場でのポストは「定年」までじゃないの。だけど家では違うわ、家ではいつまでもお父さんよ!」

この言葉で私は吹っ切れました。
私は、妻が心底私の病気回復を第一に考えて、回復後に過大な期待を持たないでくれることに感謝しています。そして、自分でも勤めを持ちながら、身体障害者 の私に代わって親戚や近所の人とのいろいろな交際や協同作業、休みの日の家の農作業などは二人分頑張ってくれていることに心から感謝しています。

また、青春まっただ中で自由な時間がほしいのにもかかわらず、東京のマンションに同居して私の面倒をみてくれる長女、勤めを持っている妻を助けて、埼玉の家で家事と年老いた義母の世話もしてくれる次女と長男、3人の子供達にも本当に感謝しています。

同時に、私の再起のために、親身になって応援してくれた職場の先輩、同僚、そして友人の皆さんに心から感謝しています。こうした大勢の人たちの支えがなかったら、私の復職はなかったでしょう。


感謝の気持ちを持つこと。支えてくれる人達を大切にすること。それがあなた自身の足場を固めることにつながるのですよ。

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3 前向きに挑戦する

逆境にあるとき「もう何をやっても仕方がないや」と自暴自棄になりがちです。そういうときこそ、何かに挑戦しましょう。何でもいいんです。あなたが興味や関心のあることの中から何かやりたいことを見つけてそれに打ち込んでみるのです。

何をやるにも「何とかできる」ようなレベルになるには、それに打ち込むことが必要です。
でも心配ありません。プロになるわけではないのですから、そこそこ出来るようになればいいのです。楽しくやればいいのです。そうすれば、自然に自信もついてきて、また別のことにも挑戦したくなってきます。

そこそこ出来るようになるためには、どうすればいいでしょう?
何をするにも共通することがあります。それは次の3つです。

  1.  まず基本を覚えること。
  2.  そのためには何度でも繰り返すこと。
  3.  より深めるためには仲間を見つけること。

今 は何をするにも、それに関する本が書店や図書館にたくさんあります。今あなたはインターネットでこのページを見ていますね。インターネットのホーム・ペー ジにも、実にいろいろなものがあります。サーチエンジンなどで、そこから、自分のやりたいことのヒントをさがしましょう。うまくいけば、それがあなたを飛 躍させる入り口につながっているかもしれません!!



私の場合は、再起への「挑戦」の第一がパソコンへの挑戦でした。
病気になる前もMS-DOSのパソコンを使ってパソコン通信を少しやっていたのですが、仕事の忙しさに追われて忘れがちでした。

と ころが病院に入院している間にウインドウズ95の発売が日本でも話題になり、インストールしたパソコンが爆発的に売れていきました。「これだ!」と思い退 院後の1996年にウインドウズ・パソコンを購入し身体障害者の不自由な身体でウインドウズ95に挑戦しました。そして今ではインターネットが出来るよう になりホーム・ページも開設できました。そのほかパソコン通信のPATIOなどでいろいろ楽しんでいます。

ウインドウズ95パソコンが使えるようになって何よりも嬉しいことは、メールを利用した情報なども毎日たくさん入ってくるようになり、世界の動きが手に取るように見えてきました。そして視野が自分でもびっくりするほど広がったことです。

次に嬉しいことは、後遺症のリハビリテーションにも、大いに役立ったことです。毎日右手でキーボードをたたくことやマウスを使うことで、右手の回復が見違えるほど良くなりました。今では右手がかなり回復し箸で豆をつまめるほどになりました。

そして、それが自信につながり、マルチメディア社会における自分の将来の希望もわいてきました。定年まで後5年その後何年生きられるかわかりません。しかし身体障害者にも、出来ることがたくさんあるはずです。それを根気よく探していこうと思っています。
あなたはまだ若い。未来はこれからです。 あなたも、挑戦していきませんか?

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・・・ 金さんの座右銘 ・・・

☆ 為せば成る 為さねば成らぬ何事も 
          成らぬは人の為さぬなりけり

☆ あきらめなければいつかはできる!!

 


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