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ある日突然、働き盛りの中高年を襲う脳卒中。1年間に20万人以上の人が発病していると言われています。血管が詰まったり、切れることで脳細胞が死んでしまうこの病気。一命は取り留めても、マヒや失語症などの後遺症が残る場合が多くあります。
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「車椅子の視線から」 |
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障害があっても、もう一度社会に復帰したい。そう願う人たちにとって心のよりどころとなっているホームページがあります。「車椅子の視線から」と題された
そのホームページには、脳卒中によって倒れた本人やその家族からたくさんの声が寄せられます。ホームページを主宰する男性は、2度の脳卒中から社会復帰を
遂げてきました。
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脳卒中に倒れた時、患者、家族はその後遺症にどう向かえばいいのでしょうか。ホームページを通じ、悩みを分かち合い、前向きに人生を歩もうとする人たちの姿を見つめます。
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心をつなぐホームページ |
埼玉県北部の水田地帯。「車椅子の視線から」というホームページはここで立ち上げられました。開いたのは、金子金一さん(62歳)。これまで2度の脳卒中に襲われ、今も両方の手足にマヒが残っています。金子さんは、倒れてもそのつど復職を果たしてきました。
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リハビリの屈伸運動が終わると、金子さんはパソコンに向かい、ホームページに寄せられたメッセージをチェックします。金子さんのハンドルネームは「金さ
ん」。7年前に開いたこのホームページには、毎日100件以上のアクセスがあります。後遺症や仕事復帰に対する不安。寄せられたメッセージに、金子さんは
一つ一つ返事を書きます。
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「山本整」さん(50歳男性)の投稿
私は、機能全廃と診断されています。今、社会復帰を目指して日々リハビリに励んでおります。しかし、期待できない事なのかも知れないと、考えてしまうこともしばしばです。働けなかったら食べていけないし、今不安でいっぱいです。
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「金さん」の返事
山本さん、50歳と言えば働き盛りで倒れたのですから、ショックも大きかったと思います。職場復帰は本人の努力だけではなかなか難しいものがあります。かつて、私が経験したように家族の応援が必要です。職場復帰あきらめないで、リハビリ頑張りましょう。
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誰かに自分の混乱している状況や思いを訴え、聞いてもらえるというのは、一番うれしいことです。その気持ちにできるだけ応えてあげたい。(金子さん)
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東京都の公務員として勤めていた金子さんが脳出血で倒れたのは43歳の時でした。懸命のリハビリにより、半年後に復職したものの、52歳で再び脳出血に見舞われます。今度は両手両足のマヒと言語障害が残りました。
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外出することも、電話をかけることもできず、金子さんは絶望に打ちひしがれます。「自分と同じように脳卒中で倒れ、後遺症がある人たちはどうしているのだろうか?」 職場への復帰をあきらめきれない金子さんは、その手がかりをインターネットに求めました。
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ネットサーフィンして脳卒中関係のいろいろなサイトを探しましたが、いわゆる医者など、専門家が作ったホームページはあっても、実際の患者が作ったページは、自分の探した範囲では一つもありませんでした。「じゃあ、自分で作ろう」と……。(金子さん)
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再び職場復帰を果たした金子さんは、自らホームページを立ち上げ、闘病の記録をつづりました。すると、待ちかねていたように、悩みの声が寄せられるようになったのです。
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「みっちょマン」さん
(30代女性 交通事故で脳出血 半身マヒ)の投稿
脳外科の看護婦として働いていた私は、身体が使えずに働けない事がとても悔しいのです。婚期もこの事故で過ぎ、いまだ独身です。いつかは結婚もしたいなぁ。
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「金さん」の返事
みっちょマンさん、いらっしゃい。たいへんな事故にあわれましたね! 看護婦として働けなくなったこと、心底口惜しかったでしょう。でも、命が助かったのは本当に良かった。たとえ障害が残っていても、できることはきっとたくさんあるはずです。
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金子さんは、寄せられた質問や意見に、少しでも早く返事を送るよう心がけています。自分のような脳卒中の体験者が悩みを聞き、勇気付けてあげることが一番の励みになると考えているからです。
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「りな」さんの投稿
今日、父が脳出血で倒れました。これからどんな後遺症が出てくるのか、今は不安ばかりです。
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「金さん」の返事
私の場合、2回目の脳出血では意識不明が何日もありましたが、幸いなことに車いすで復職もできました。お父さんが元気になるとよいですね。お父さんの生命力、回復力を信じましょう!
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ゲスト:「車椅子の視線から」主宰者
金子金一さん |
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金子金一さん |
マヒによる車いす生活、そして言語障害も残っています。 |
― 7年前にホームページをお作りになったのは、どういう思いからだったのですか。
金子さん: 車いすに乗っていて、しかも言語障害があると、コミュニケーションができなくなります。ですから、社会との接点を設けるための手段としてホームページを使いたいなと思いました。
― 後遺症に悩み、言葉も不自由だと、1人でこもりがちになってしまうのでしょうね。
金子さん: 後遺症が重くなればなるほど、社会との接点がもてませんから、孤独感に襲われます。ですから、そこに社会との接点があれば、立ち直りも早いと思います。
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―金子さんご自身も2度、脳卒中に倒れ、しかも2回目は復職まで2年かかっていますね。
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金子さん: 1回目は6か月で元に戻りましたので、2回目も「1年たったら何とかなるだろう」と入院中は思っていました。だけど、1年たっても車いすを手放せなくて、「これは、車いす生活になってもやむをえないな」と。
― 金子さんが立ち上げたホームページには、7年間で21万件ものアクセスがありました。この反応は予想していましたか。
金子さん: 予想はしていませんでした。やはり、本人、そしてご家族も情報が欲しい。そして、誰かに訴えたい。そういう気持ちが多いんだと思います。
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― 金子さんご自身、いろいろ探してみたけれども、お医者様のホームページはあっても、後遺症に悩む人のホームページはなかったということですね。
金子さん: 私が立ち上げたころにはありませんでした。
― 今、若い人にも脳卒中は多く起きるようになってきて、働き盛りの人にとっては、職場復帰、社会復帰というのが大きな目的になると思います。その難しさについてはどうお考えですか。
金子さん: 後遺症があると、どうしても再発の心配があります。また、たとえ職場復帰したとしても、今までの仕事ができるかどうかということは、本人も、雇っている会社でも問題だと思います。
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― 若い方の場合は家族の協力も必要だと、ご自身の体験を交えてご相談に乗っているそうですね。
金子さん: はい。私自身も家族の協力が非常に役に立ちました。
こうした金子さんのホームページに励まされ、見事職場復帰を果たした方がいらっしゃいます。その方の日常を追ってみました。ご覧ください。
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ホームページでつなぐ絆 |
去年4月。金子さんのホームページに職場復帰を果たした男性から報告がありました。 |
「金太」さんの投稿
ついに、22ヶ月ぶりの復帰です。今年の春は、いつもの春と違い、新入生のような気分で桜を見るような気持ちです。夜、家族みんなで麦茶で乾杯し、この喜
びに浸りたいと思います。これからは、体調に気をつけながら、一日一日を一歩一歩やっていこうと思っています。また新しいスタートです。
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「金太」こと、秋山朋彦さん(43歳)は、3年前の脳出血で、右半身のマヒと言語障害が残りました。現在、横浜市内の会社まで、片道1時間20分かけて通っています。
通勤するだけで疲れます。きょうのように風の強い日はすごくつらいですね。(秋山さん)
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一級建築士の資格を持つ秋山さんは、マンション建設などを企画する会社に勤めています。2年間の療養生活を経て、去年4月に復帰しました。
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秋山さんが倒れたのは40歳の時。街づくり事業で、日々建設現場に足を運んでいた時のことでした。当時、2人の子どもはまだ小学生。住宅ローンも始まったばかりでした。
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職場復帰を目指し、秋山さんは必死にリハビリに取り組みます。しかし、体は思うように動きません。以前のように街づくり事業の現場を回れるようになるのか、不安ばかりが募っていたころ、金子さんのホームページに出会ったのです。
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秋山さんの兄がプリントして持ってきてくれたホームページ。そこには、金子さん自らの経験とアドアドバイスが述べられていました。そして、「脳卒中患者の
復職」という記述に、秋山さんは目を引き付けられます。「技術職だった人でも、事務職への復職なら十分に可能だ」 秋山さんは、この言葉に希望を見出しま
した。
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(これを見た時は)「やった!」と、うれしかったですね。1人じゃないという気持ち。先輩がいる。先輩に聞きながら、復職を目指していこうという気持ちになれました。(秋山さん)
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その後、いっそうリハビリに精を出した秋山さんは、発病から半年で退院にこぎつけました。そして、金子さんのホームページにさまざまな不安を打ち明けるようになります。 |
「金太」さんのメール
金さん、こんにちは。私は高血圧による脳出血で倒れました。今も夕方リハビリセンターから帰宅すると、血圧が高くなっているのです。肉体的も精神的にもや
はり負担がかかると高めになってしまうのです。今、一番の心配は、もう一度脳出血になってしまうのではないかということです。
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これに対する返事で、金子さんは自ら編み出した「再発防止の10項目」を伝えました。「睡眠を十分にとる」「ストレスを少なくする」そして、「あまりがんばらない」。肩の力を抜くことも必要だという先輩からのアドバイスです。 |
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去年4月。秋山さんは2年ぶりに念願の職場復帰を果たしました。担当することになったのは、図面をチェックする仕事です。室内作業でも、マヒがあるため思
うようにできないことがあります。言語障害があるので、打ち合わせをするにも一苦労です。でも、そんな時は会社の仲間たちが助けてくれます。
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前と変わらないくらいしゃべっていることありますよね。お昼とか話していて、そん色ないくらい話していること、ありますよ。(同僚)
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再び仕事ができるのは、自分を支えてくれる仲間たちのおかげだ。そのことに気づいた秋山さんは、病気のことを、障害のない人にも知ってほしいと考え始め、
「金太の書斎」という自分のホームページを立ち上げました。そこには、誰でも気軽に参加できるよう、脳卒中には関係のない趣味のコーナーも設けてありま
す。高校時代ブラスバンド部だった秋山さんは、好きな音楽について記しました。
先日、このホームページに参
加している人たちの交流会が開かれました。脳卒中の患者、家族のほかに、音楽コーナーで知り合った人たち、そして、高校時代のブラスバンド仲間などが集ま
りました。「脳卒中に負けず、前向きに楽しく生きる」をモットーに、秋山さんはこれからも交流会を重ねていくつもりです。 |
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すごく楽しいです。障害の方も障害のない方もみんなで話をして、僕が目指していた会ができました。(秋山さん)
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― 金子さんのホームページをきっかけに、そして支えにして職場復帰した秋山さんです。
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金子さん: 自分のホームページがきっかけでやる気を起こしたということが、非常にうれしいです。こういう方がいると、自分でホームページを立ち上げてよかったと思います。
― 秋山さんとはインターネットでやり取りされているそうですが、実際にお会いしたことは?
金子さん: まだありません。ぜひ一度会いたいです。
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― 金子さんは、ご自分の体験からアドバイスをされていますが、「体験を語る」ということは大事なのでしょうか。
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金子さん: 後遺症のある人にとって、専門家からのアドバイスも大事ですけれども、実際になった人からアドバイスしてもらうことが、非常に有効なんです。
― 再発を心配していた秋山さんに、箇条書きでアドバイスされていましたね。
金子さん: やはり、「あまり無理をしない」ということが一番です。それと、「ストレスをなくそう」「睡眠を十分とろう」など。あたりまえのことですが、経験者だとよくわかることです。
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― 今までバリバリなさっていた方が、今度は「無理するな」「あまりがんばるな」と言われます。その大きな落差をどうするか。これは生き方の問題ですね。
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金子さん: 難しい問題です。私自身、車いすになって、「これからの生き方をどうしようか」ということでホームページを立ち上げたのですが、逆に、生きがいのようなものをホームページで見つけました。
― あらためて、後遺症に悩む人たちにとってインターネットというのはどういう役割を持っているとお考えですか。
金子さん: 孤独にならないために接点を設けるということは非常に大事なことです。脳卒中の後遺症のある方は、健康な方とインターネットで交流して、元気になってもらいたいと思います。
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きょうはどうもありがとうございました。ホームページは毎週更新なさっているそうで、これからもがんばってください。
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